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東大寺長老森本公誠さん特別講話「イスラームと仏教~歴史への見方をまじえて~」を控え
信濃毎日新聞に寄せられた板垣雄三代表の記事(2017年9月20日付掲載)

呼応するアジアの思想

東大寺長老の森本公誠さん 松本で来月28日講演

信濃毎日新聞 2017年9月20日

イスラム世界についての学習や交流を続けている「信州イスラーム世界勉強会」(事務局・松本市)は
10月28日、松本市に東大寺(奈良市)長老の森本公誠さんを招き、講演を行う。森本さんはイスラム学者
としても知られ、優れた研究書や翻訳書を出版、海外に知己も多い。講演会を控え、森本さんと交流がある
同勉強会の板垣雄三代表(東京大学名誉教授)=諏訪市=に、イスラムと日本文化の関連について文章を寄
せてもらった。

イスラム教のタウヒードと仏教の華厳思想

世界史「近代」の土台据える

信州イスラーム世界勉強会代表 板垣雄三

深まる秋の気配は、やがて来県する森本公誠 東大寺長老の講話の日が近づくワクワク感を高めてやまない。

 森本公誠さんは、第二一八世東大寺別当・華厳宗管長を務め、関西の主要社寺を網羅する神仏霊場会の初代会長にも推された宗教者だが、若いときエジプトに留学、京都大学でイスラム研究を長年にわたり講じ、社会学の祖として知られる一四世紀チュニス出身イブン・ハルドゥーンの『歴史序説』(岩波文庫)の翻訳者という異色の存在。イスラム圏から来る要人の多くが森本さんに会おうと東大寺を訪れるので、余人の及ばぬ文化交流の実績を挙げてもきた。

 私は森本さんとの半世紀を超える交友を通じて、そのような存在が日本に出現したことの意味や背景を考え続けてきた。学問(でら)という東大寺の伝統、二月堂のお水取りに見るイラン文化と繫がり、西アジアから伝来の宝物が目玉の正倉院などに留まらない。注目する、イスラム教タウヒード(一つにすること万教同根)の立場、仏教の華厳思想「多即一、一即多通じ合いさらに性理学という儒教の体系化をも促して、七世紀以降、日本を含むアジアの西と東とで、あい呼応して世界史の「近代」を拓先端思想展開させたのではなかったか、ということである

 空海の時代など日本は「古代史」という思い込みで、驚きあきれる人もあろう。だが、華厳思想とタウヒードとは、個の自立と人類的連帯、自由・平等、微塵(みじん)宇宙すなわちネットワークの思考行動編み出して、近代の土台を据えたのだ、と私は考える。後に力くで本家・元祖のフリした欧米の近代がその病状をさらけ出している現在、「光明遍照」的一神教の奈良の大仏さん華厳経は善財童子の求道(ぐどう)にちなむ東海道五十三次融通(ゆうずう)無碍(むげ)の本来の意味活花や茶道や盆栽など、日本人の心に根づいた華厳思想掘り起しと、借りた西洋メガネの歪みそのままのイスラムの見直しとが、大事ではないか。

 日本のアジア史研究で、二〇世紀初頭から京都学派と呼ばれた内藤湖南・桑原隲蔵(じつぞう)らは、中国社会が代半ば以降大きく変貌したとして宋代以降を近世(初期近代)と見なした。桑原は宋から元へ舞台回しをしたイスラム教徒 ()(じゅ)(こう)の研究で有名。後継者の宮崎(いち)(さだ)(飯山出身)パリに留学しアラビア語を学んだのは、桑原の奨め。宮崎に習った藤本(かつ)()は中公クラシックス版『コーラン』の訳者。森本さんが属しているのはこの学統だ。

 東アジアは、老荘の教えを下敷きに、インド発の華厳思想を理解し受け入れた。華厳経は新疆のホータンから中国にもたらされ、漢訳された。長安の都で華厳教学を大成した法蔵(ほうぞう)のルーツはサマルカンド新羅の義湘(ウィサン)中国留学で法蔵の学友、日本で最初に華厳経を講義した新羅の僧の審祥(しんじょう)は法蔵の弟子。西方ではアラビア語に翻訳されたアリストテレスの論理学を用いてタウヒードが体系化された。これを進めたファーラービーやイブン・シーナーは、どちらもブハラにゆかりの人。こうしてみると、華厳とタウヒードとの多即一偶然の一致などでなく、中央アジアで繫がりあうのだ。新羅の元暁(ウォニョ)は預言者ムハンマドと生涯少しだけ重な上に人柄も似ている。のちに京都は高山寺の明恵(みょうえ)は、元暁(がんぎょう)の生き方に惹き付けられたようだ。日本から宋に渡った留学僧の(けい)(せい)は福建の泉州で出会ったペルシア人商人らに揮毫してもらった南蕃文字のを、経文と思(実は別れを惜しむ詩)明恵上人への土産として日本持ち帰った。

 以上は、長年温めてきた私の歴史構想である。森本長老はどのようにお考えだろうか。そのヒントを聴きとりたいと密かに願っている。

森本公誠さん(もりもと・こうせい)
東大寺長老、イスラム学者。1934年、兵庫県生まれ。小学1年2学期-4年まで広島市で過ごし、45年3月に奈良に転居。8月の原爆投下
で広島の友人のほとんどが死亡。15歳で東大寺に入る。57年京都大文学部卒業後、カイロ大留学、京都大大学院博士課程修了、文学博士
取得。2004年-07年、第218世東大寺別当・華厳宗管長。研究の傍ら、イスラム学者や要人との交流を続ける。主な著書に「初期イスラ
ム時代エジプト税制史の研究」「イブン・ハルドゥーン」「世界に開け華厳の花」「聖武天皇 責めはわれ一人にあり」など。

森本公誠さん特別講話
演題は「イスラームと仏教-歴史への見方をまじえて」。
10月28日午後2-4時(開場は1時)、質疑応答あり。
会場はJA松本市会館5階501大会議室
(松本市深志2の1の1、JR松本駅から徒歩5分)
参加費は一般2000円、学生500円。
事前申し込み不要、来場者多数の場合は先着順。
信州イスラーム世界勉強会主催、信濃毎日新聞社後援。
問い合わせは勉強会事務局
(電話0263・50・5514、info@shinshu-islam.com)へ。